あがり症の治し方の知恵袋をまとめています。あがり症克服のための知恵袋ブログ

管理人はあがり症で中学生の時から苦しめられてきました。人前での発表をしなくてはいけない日には仮病をしていました。社会人になっても逃げ続けてきました。しかし中間管理職になり人前で発言をしたり説明をしなくてはいけない立場になり、逃げることができなくなりました。そして、あがり症のせいで退職。悔しかったです。あがり症を呪いたかったです。あがり症治療をしても治らない自分が大嫌いになりました。これを繰り返してほしくないと思い、あがり症の克服体験談や治し方の知恵袋集としてのブログを作成しました。

(あがり症の治し方を綴った知恵袋ブログ)極度のあがり症で出世街道を捨てた男 あがり症治療が上手くいかない転落の人生になりました

極度のあがり症だった私は、いつも逃げ回っていました。

まだ許容される範囲であった「俺、あがり症なんだよ~」と言えていた頃は、逃げ回っているうちにあがり症が勝手に治ると思っていました。

さらに自分はあがり症で社交不安障害(SAD)だとはっきり認識した時は、精神安定剤を飲めばなんともなくなると思っていました。

 

仮病を使ったり用事を作ったりして、逃げ回っているうちにあがり症が極度のあがり症へと悪化していました。
逃げ続けていてもあがり症への予期不安ってやつはずっとあったわけで、ずっと苦しんできたため、ひどくあがって大失敗!!!なんていうトラウマもの(自殺を考えるレベル)がなかったのに、悪化していった自分に気づいた時は愕然としましたね。

 

中学、高校と人前で緊張しやすくやっぱりあがり症だったけれど、水泳の大会だけは力を発揮できていました。

いざとなればできる奴だと自己暗示をかけていたんですが、電話恐怖症や物音恐怖症になっていったように、どこに言っても何をやっても極度の緊張状態がついて回るようになってしまったのです。

 

極度のあがり症になっていた自分に愕然としたのは、出世街道を一応歩めていた時です。
人前で恥をかくことをなるべく避けてなんとか出世できていたのですが、ついに逃げ切れなくなった時が来ました。

私みたいな人はきっと多いと思います。

 

立場が上がると責任感がのしかかります。
より人を引っ張っていかなくてはいけない存在になるってことは、つまり人前でスピーチをする機会が増えるんですね。

あがり症なりに少人数を前にした話だったら、手短にやればボロを出さずにこなせていたのが、大勢を前にスピーチをすることが増えました。

 

にげきれない! 出世したばっかりに!! 本当に後悔しました。

極度のあがり症だとはその時は全く思っていませんでした。

緊張しつつも、まあ何とか今まで通りにやろうと思っていました。

だけど、人前で何にもできない自分がいました。

極度の緊張状態で、極度に手足がガクガク震えて、その場にぶっ倒れそうになりました。

これまでのあがり症の歴史にはなかった状態に、私は自分で一番ビックリしました。

『俺は何にもできないじゃないか!!』

本当に自分が恨めしくなりました。

いつの間に極度のあがり症状態になってしまったんだと・・・・・・

 

これからも人前でのスピーチがあることはわかっていたため、私はあがり症克服のためのセミナーを受けたり、人前でのスピーチを訓練する施設に通いました。

アナウンサーの教える教室だったり。

結局、どの方法も私を救ってくれずに、心療内科で安定剤をもらい、スピーチの前にそれを服用しました。

 

スピーチも短くすることで切り抜けることができていましたが、極度のあがり症まで薬は抑えられなかったようです。

息苦しさで目の前が真っ暗になり、自分でも何を言っているかわからなくなりました。

同じ言葉ばかり言うし、どもりまくり、そのまま意識を失って死んでしまいたいと思いました。

もし『体調が悪いんです』と言えたらよかったのに。

ボロボロのままスピーチが終わりました。

みんなの顔を見ることもできませんでした。

でも、自分の人生が終わったと思ったし、会社員生活も終了したなと思いました。

 

憂鬱で自殺しようと思いました。

次のスピーチまでには必ず。

でもそんな勇気もなくて自殺を思いとどまり、またスピーチで失敗する前に会社をやめました。

出世は嬉しかったけれど、こんな出世だったら仕事を頑張らなければよかったと本当に後悔しました。

 

出世をして大喜びをして、もっと仕事を頑張って給料も上がって、家族をもっと幸せにできて・・・・こんな羨ましい普通の人を私は恨めしく思いました。

極度のあがり症が私の社会人人生に最初のピリオドを打ちました。

 

転職しました。

給料は下がりました。

学歴だけはよかったため、勉強しておいてよかったと思いますが、もし会社をやめなかったら、今頃は給料の面でも出世の面でも順調だったことを思うと、極度のあがり症の自分が恨めしくてたまりませんでした。

世の中すべてが暗く見えました。

 

潜在意識を書き換えて極度のあがり症を変えようと、催眠療法コーチンセミナーを受けても、潜在意識が変わることはありませんでした。
薬を飲み続けましたが、薬を飲んでも意味が無いことに気づき中止しました。

あがり症ならまだ解決できるのかもしれませんが、極度のあがり症である自分はもう二度と日の目を拝めないまま、社会の雑魚としてひっそりと生きていくんだなと思うと、やるせない気持ちでいっぱいでした。

 

次の会社でもスピーチをしなくてはならなくなり、1年でやめました。

あがり症から逃げ続けた男が、極度のあがり症になって逃げ場がなくなりながらも、逃げ続けることになったのです。

それは人生転落と同じでした。

 

 こちらに極度のあがり症で苦しみ続けたカンダタさんという方の体験談を紹介しています。私の体験談と併せて読むといいと思います。

sad-agarishou-link.hatenablog.com

 直接のリンク先はこちら↓
heartland.geocities.jp

 

こちらにも極度のあがり症の方の体験談が掲載されています。克服された方の体験談です。

sad-agarishou-link.hatenablog.com

 

あがり症、書痙、震えの悩みの体験談はこちらです

あがり症解決のために知っておくべきこと あがり症の体験談から

書痙の克服・手の震えを解決するため知らなくてはいけないこと 悩み&克服体験談

 

あがり症はあなただけじゃないです!

一人じゃない、みんなもあがり症と戦っています!!

だから、心が折れそうになっても持ちこたえて下さい!

私も自殺を考えるぐらい落ち込みましたが、今は極度のあがり症を克服していますので、未来は必ずいい方向に変わることをお約束します。

頑張っていきましょう!! 本当に本当に乗り越えて下さい!!